毎年6月、国税庁から「査察の概要」という報告書が公表されています。これは前年度に国税局査察部が実施した強制調査、いわゆるマルサの結果をまとめたもので、税務の世界では毎年注目される資料です。
令和7年6月に公表された「令和6年度 査察の概要」には、中小企業の経営者にとって知っておいたほうがいい情報がたくさん詰まっています。うちは脱税なんてしてないから関係ない、と思うかもしれません。でも、当局が今どこに目を光らせているのかを知っておくことは、知らないうちに危ない橋を渡らないために大切なことです。
この記事では、令和6年度の査察報告書から、経営者が押さえておくべき5つのポイントをまとめます。
そもそも査察とは
最初に、用語を整理します。普段、税理士さんから「税務調査が入りますよ」と連絡が来るのは、任意調査と呼ばれるものです。事前に通知があり、調査官と話しながら帳簿を確認していく、いわば協力前提の調査です。
一方、査察は強制調査です。裁判所の令状をとって、ある日突然、複数の査察官が会社や自宅に踏み込みます。映画「マルサの女」のあの世界です。査察は悪質な脱税の疑いがある事案に限られ、最終的には検察庁に告発されて刑事事件になります。
つまり、税務調査が税務行政だとすれば、査察は犯罪捜査に近いものです。普通に商売をしていれば、査察の対象になることはありません。でも、査察報告書を見ると、どこからが任意調査では済まなくなるのかというラインが見えてきます。
1 令和6年度の脱税総額は82億円
数字をざっくり押さえておきましょう。着手件数は151件、告発件数は98件、脱税総額(告発分)は82億円、1件あたりの脱税額は8,400万円です。
1件あたり8,400万円というのが、なんとなくの目安です。査察になる事案の中央値がこのあたり、ということです。数千万円規模の脱税でも刑事事件になりうると知っておくと、感覚値として有用です。
そして恐ろしいのが、一審判決は99件すべてに有罪判決が出ているという事実。13人に実刑判決、最も重いもので懲役9年です。査察まで行くと、まず確実に有罪になります。
2 告発が多かった業種は建設業と不動産業
令和6年度に査察で告発された業種は、1位が建設業で21者、2位が不動産業で11者、3位が人材派遣業で5者でした。過去3年でも、建設業と不動産業はほぼ毎年上位です。
これらの業種は、現金取引が多かったり、下請け構造が複雑だったり、契約形態が多様だったりするため、不正が発生しやすい環境にあると考えられます。もちろん、これらの業種の人がみんな怪しいわけではありません。逆に言えば、業界の慣習でなんとなくみんなやっている処理がある業種ほど、ライン越えのリスクが高まる可能性があるということです。
3 消費税の不正還付は過去10年で最多レベル
令和6年度の重点事案として最初に挙げられているのが消費税事案です。告発件数は29件、うち消費税不正受還付事案は17件で、過去10年で最多レベル。国税庁は「国庫金の詐取ともいえる悪質性の高い事案」と位置付けて、力を入れています。
消費税の不正還付というのは、輸出免税制度や仕入税額控除制度を悪用して、本来納めるべき消費税を逃れるどころか、国から還付という形でお金をだまし取る手口です。公表されている事例は次のようなものです。
- 高級腕時計を海外へ輸出販売したように偽装するため、インターネットで安価な腕時計を購入し、高価な腕時計を購入したとする領収証や輸出関係書類を作成して、架空の課税仕入れ及び架空の輸出免税売上げを計上した事案
- 不動産賃貸業を営むグループ法人7社において、居住用賃貸建物の取得に係る仕入税額控除を過大に計上するため、架空の金地金取引により課税売上割合を偽装した事案
- ネットオークションやフリマサイトで行ったトレーディングカードの売上げを計上しない方法により、消費税の還付を受けつつ、納めるべき消費税を免れていた事案
3つ目のトレーディングカードの事例は、規模感としては中小企業や個人事業主にも起こりうるレベルです。ネット上の取引なら見えないだろう、というのは、もう通用しません。
4 無申告事案の重点取締が続いている
申告しないこと自体が刑事事件になる、というのが無申告ほ脱事案です。令和6年度は13件が告発され、うち8件は不正行為はないが故意に申告書を出さなかったという単純無申告ほ脱でした。申告納税制度の根幹を揺るがすという理由で、国税庁は無申告事案にも力を入れています。
公表事例を見ると、農作業の請負収入を事業実態のない関係法人名義の請求書で偽装して消費税を申告しなかった事案、動画配信サイトの使用料収入やネットショップ販売収入を申告しなかった事案、自社株を関係法人に譲渡して得た収入を申告しなかった事案、健康グッズの連鎖販売取引の代理店報酬を申告しなかった事案など、多岐にわたります。
注目すべきは、ネット系の収入が複数登場していることです。動画配信、ネットショップ、ネットワークビジネスなど、デジタルな収入源は当局にとって追跡対象になっています。
5 国際事案も20件、海外口座は隠せない
経済のグローバル化に伴い、海外取引を使った脱税への対応も強化されています。令和6年度の国際事案の告発件数は20件です。
公表事例として、海外法人が運営する医薬品インターネット販売事業のコンサル報酬を海外預金口座で留保して所得税を免れた事案、アフィリエイト収入を売上から除外し、得た資金を海外取引所で暗号資産に交換して所得税を免れた事案、海外からの商品仕入高を水増し計上して法人税を免れた事案などが挙げられています。
ポイントは、租税条約等に基づく外国税務当局との情報交換制度を活用して摘発されているという点です。海外口座だからバレない、暗号資産だから追跡できない、という時代は、もう終わりつつあります。
社会的波及効果の高い事案も
令和6年度の重点事案として、社会的波及効果が高い事案も積極的に告発されました。
脱税指南者が、複数の給与所得者に対し、架空の事業所得の損失を計上して給与所得と損益通算することで源泉所得税の還付を受ける手口を指南していた事案。税理士である脱税請負人が、架空外注費の計上先となる不正加担先を用意して、自身の顧客に脱税を指南していた事案。人気タレントの所属する芸能事務所が、複数の不正加担先に架空の請求書や業務委託契約書を作成させて、架空の広告宣伝費や外注費を計上していた事案。ダイエット目的で人気の漢方内科を行う医療法人が、理事長の私的な高級腕時計の購入代金を診療材料仕入高に仮装計上していた事案。
報告書には、脱税指南者、脱税請負人という言葉が出てきます。脱税を持ちかけてくる側も、確実に刑事責任を問われるということです。いい節税方法がある、と持ちかけてくる人がいたら、まず疑ったほうがいいでしょう。
脱税で得たお金は、どこに消えるのか
報告書には、脱税で得た不正資金の使い道についても記載があります。不動産の購入、高級車両や高級時計の購入、有価証券等への投資、暗号資産の購入、競馬や海外カジノ等のギャンブル、高級クラブなどでの飲食等の交際費・遊興費。
また、隠した場所として、物置内の金庫や、室内に置かれたスーツケースに現金を隠していた事例もあったとのことです。ドラマで見るような話が、実際の事案として報告されている。それが査察の世界です。
経営者が押さえておくべきこと
ここまで読んで、うちには関係ない、と思った方も多いと思います。実際、普通に商売をしていれば査察の対象にはなりません。ただし、報告書から見えてくる、当局が重点を置いている領域は知っておく価値があります。
消費税の還付申告で少しでも変則的な処理をしているなら、税理士と入念に確認したほうがいいでしょう。プラットフォーマー経由のネット取引は、当局も把握できる仕組みが整いつつあります。海外取引や暗号資産は、もう見えないと思わないほうがいい。脱税指南者は刑事責任を問われるので、安易な節税話には注意したほうがいい。そして、自分の業界が告発上位に入っているなら、業界慣習を一度見直したほうがいいかもしれません。
査察は、年間100件規模の極めて稀なケースです。しかし、そこに至る前段階として、税務調査による否認や重加算税の事例は、もっと身近に存在します。査察にならないように気をつけよう、というよりも、平時から税理士さんとちゃんとコミュニケーションを取って、安心できる申告をしておこう、という発想が大切なのだと思います。
国税庁の査察の概要は、毎年公開されている公的な統計資料です。経営者の方、特に建設業、不動産業、人材派遣業など告発実績の多い業種の方は、一度目を通しておくと、税務リスクの感覚値を養うのに役立ちます。
出典:国税庁「令和6年度 査察の概要」(令和7年6月公表)